【アラベスク】メニューへ戻る 第14章【kiss】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第14章 kiss



第3節 晩餐会 [6]




 落ち込みそうになる気持ちを奮い立たせ、空を仰いだまま、再び口を開く。
「あとさ、聞きたい事もあるんだけどよ」
「何よ。答えられる質問にしてよ」
「無茶な質問はしねぇよ」
 前置きし、一度口を閉じてから意を決する。
「お前さ、進路ってどうするんだ?」
 微かに美鶴が瞠目した。だが、空を仰ぐ聡は気づかない。
「やっぱ大学?」
「う、ん」
「何? 違うの?」
 何気なく見下ろしてくる聡の視線を避けるように、美鶴は顔を背ける。
「いや、違いはしない、けど」
「何?」
 どう答えようかしばし思案し、ようやく美鶴は口を開く。
「何で、そんな事をお前に言わなければいけないんだ?」
 いつもの突き放すような返答に、聡はグッと手摺を握る。そうして、だが声を荒げる事はせず、ゆっくりと答える。
「できるなら、お前と同じ進路に進みたい」
 そうしたい。明確な進路などない聡にとって、一番望みたい未来は何かと問われれば、それは美鶴と同じ未来だ。また再び、美鶴と離れるような未来は選択したくない。
「私は別に同じ進路なんて選びたくないな」
 挑発するような言い回しに、聡は必死に耐える。
 落ち着け。
 助太刀するかのように、夜風が聡の頬を撫でていく。興奮しそうになる胸の内を、優しく冷ましてくれる。
「俺は、同じ道に進みたい。大学へ行くなら、同じ学校へ行きたい」
「お前は理系だろ?」
「理系を選択したって文系を受験する事はできるし、学部は違っても同じ学校へ進学する事はできる」
「私に拘るな。お前の進みたい道を進めよ。それが進路だ」
「俺はお前と同じ道に進みたいんだ」
「じゃあ、私が進む道なら、お前はどんな道にでも付いてくるのか? 私がキャビンアテンダントにでもなりたいと言えば、お前はパイロットにでもなるのか?」
「は?」
「私が酪農でもやりたいと言えば、お前もその道を進むのか?」
「え? 何? お前、牛でも飼うの?」
「例えばの話だ」
 ピシャリと言い返し、睨み上げる。
「どうなんだ?」
「ど、どうなんだ、って」
 パイロットに、酪農家?
 上目遣いで想像してみる。
 想像、できねぇ。
 押し黙ってしまった相手に、美鶴は小さくため息をついた。
「他人の進路に付いてくるなんて、そんなのは進路じゃない。もっと自分の」
 そこまで言って、思わず言葉を切る。
 進路というのは、自分が進みたいと思う道だ。そんなものを他人に頼るなんて、論外だ。
 そう批判しようとしたかった。だが、できない。
 ならば自分には、進みたいと思う道が、あるのか?
「とにかく、他人の進路なんて聞いてる暇があったら、自分の進路をもっと真面目に考えろよ」
 なんとか話をまとめて終わらせたい。だが、聡はそれでは納得しない。
「だったら、やっぱりお前の進路を聞かせてくれよ」
「だからっ」
「お前の進路を聞いて、俺も一緒に進めそうなら進む。だってやっぱり、同じ道に進みたいから」
「僕も同じだね」
 唐突に割って入る声。驚いて振り返る先には、少々不機嫌そうな漆黒の瞳。
「早速の抜け駆けか。油断も隙も無いね」
「別に抜け駆けなんてしてねぇよ」
「僕に内緒でちゃっかり美鶴の進路を聞き出そうとしているどこか抜け駆けじゃないって?」
「誤解だ。別に俺はお前に内緒にしようと思っていたわけじゃ」
「じゃあ何? 聞き出したらご丁寧に僕にも情報を流してくれていたワケ?」
「それは」
 正直、内緒にしていたかも。
 口ごもる相手に、瑠駆真の瞳が細くなる。
「僕も馬鹿だね。ライバルを目の前にして油断した」
「だから、別に出し抜こうとしたワケじゃ」
「この状況でどの口からどんな言い訳が飛び出してくるのか、しっかりと聞かせてもらおうじゃないか」
「い、言い訳だとっ」
 途端に気色ばむ聡。
「人聞きの悪い事言ってくれるなよ。俺は別にそんなつもりはないって言ってるだろう」
「こんな薄暗いところで二人っきりで?」
「仕方ねぇだろ。お前はあのネェちゃんに捕まってたんだから」
「それを見計らっての行動ではないと言い切れる?」
「言い切るね」
「開き直りか。恐れ入るよ」
「なんだとっ」
「やめろよ」
 苛立ちを抑えるように美鶴が唇を噛む。
「言い争うなら、私は遠慮する」
 言うなりブランケットを掴んで歩き出す。
「あ、美鶴」
 呼び声にも背を向けるのみ。
「寒くなった。部屋に戻る」
 ピシャリと言い放ち、スタスタと部屋へ入ってしまった。
「ったく」
 舌打ちは聡。
「お前のせいで聞きそびれた」
「抜け駆けを、指を咥えて見ているほどお人好しではないよ」
「信用ねぇな」
「あぁ 無いね」
 あっさりと言われ、ギリリと歯を噛む。そんな聡に、瑠駆真はさらに畳み掛ける。
「美鶴を見る君の目、尋常じゃない」
「それはお前も同じだろう?」
 黙って言い負かされるほど、聡もお人好しではない。
「食事の間だってよ、チラチラ美鶴のほうばっかり見やがって」
「当たり前だ」
 悪びれもせずに答える。
「好きな異性に目が行くのは当然」
「目がエロかった」
「君に言われたくはない。足ばかり見ていただろう?」
「お前は胸な」
「肌と言ってもらいたい」
 不愉快そうに言い返す。
「あんな肌を見せられたら、()れてみたくもなる」
(さわ)らせねぇぞ」
「そっちこそ」
 瞳の一番奥が燃える。
「これ以上、美鶴に手出しはさせない」
 火花が散る。譲れない。
「あんな事、あんな事は二度とさせない」
「お前こそ、夜の夜中に呼び出して美鶴に何しやがる」
「僕じゃない。原因は小童谷だ」
「原因じゃねぇよ。問題は結果だ」
 その言葉に、瑠駆真の胸の内が激しく滾る。

「お前、この女とキスをした事があるか?」
「お前が目を掛けたにしてはいい女だ。金本って奴と取り合うのも、わからんでもない」

 怠惰で、嘲るような、狡猾でふてぶてしい声。
「聡」
 瑠駆真は知らずに声を口にする。
「聡、美鶴のファーストキスの相手を知っているか?」
 あまりに唐突すぎて面食らう。
「は?」
 惚けたような返答に、瑠駆真の眉間が険しく歪む。
「この間の、美鶴の部屋での一幕が初演か?」
「なっ」
 初演。
「それは、そのっ」
「判りやすいな」
 瞬間、激高が聡を包む。
「テメェっ!」
「怒鳴りたいのはこっちの方だ。美鶴に手を出したのはあれが初めてじゃないな? いつだ?」
「俺はそんな事はしていない」
「そんな事って、どんな事さ?」
「ぐっ」
「言っただろう? 君は判りやすい。この間、部屋で押し倒したのが初めてではないはずだ」
 できれば間違いであって欲しい。自分の知らないところで他の男に彼女を奪われるなど、そんな間違いはなかったはずだと。そして、美鶴の初めてのキスの相手は自分であったはずだと、春の校庭で重ねたキスが初めてであったはずだと、そう信じたい。
「僕が彼女とキスをする以前に、君は彼女とキスをしたのか?」
「っ! し、してない」
「…… したのか」
「してないっ!」
 怒鳴る聡と向き合いながら、瑠駆真は己の勘の良さを呪う。
 本当に判りやすい。聡も、そして美鶴も。







あなたが現在お読みになっているのは、第14章【kiss】第3節【晩餐会】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第14章【kiss】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)